創業から、サラリーマンでも購入できる価格帯、デザイン性の高い都市型3階建て建売分譲住宅で、年々供給棟数と社員数を少しずつ増加させてきた三栄建築設計は、2000年には年間約40棟を供給するまでとなった。
当時はまだ都心エリアに安定的に都市型3階建てを供給できる会社は存在せず、より多くの住宅をお客様に提供し喜んでいただくことを目指した三栄建築設計は、拡大路線へと舵を切った。より多くの当社の住宅を供給することで、多くのサラリーマンが都心に近いところで家を持てる。「30歳~40歳のサラリーマンは、会社でも責任のある仕事を任されるような時期。また同様に、ライフスタイルにおいても、結婚や子供が生まれるなどのイベントも重なる。そのような中で、やはり会社に近い場所に住んで頂けるということが人生の中で重要なのではないか」と考えた社長の小池は、多くの住宅を供給する体制づくりをスタートさせ、2006年の上場を目指す。
上場をすることで、社員の誇りや人材採用面でメリットが出ることと、何よりも住宅と言う高額商品を購入されるお客様の「安心感」や「信頼」を得ることができるのではと考えたからである。
供給棟数とエリアを拡大させる為、まず実施したのは、支店展開をすること。東京都23区を中心とした住宅供給を行うために、東京都23区の西に位置する杉並区に本社を構えている関係上、東京都の東側に店舗を出店することを考え、東京都の東側である江東区、江戸川区などの城東エリアへの供給を主とする市川市の東京都との境付近に市川支店を開設。これにより東西から23区に供給する体制となり、翌年2005年に、東京都23区の北側及び人口密集エリアであるさいたま市への供給を主とする浦和支店を開設した。各拠点東、北、西の3方位から23区エリアへの供給が可能となり、また、支店周辺への住宅供給によって、供給エリアを拡大した。
2002年より、拡大路線に舵を切り、株式上場を目指した当社は、支店展開によって、供給棟数を増加させた。そして、ついに2006年9月、設立13年で名古屋証券取引所セントレックス市場へと上場を果たす。
上場時の業績は、販売件数が351件であり、わずか6年で40棟から約8.8倍へと増加した。
名古屋証券取引所での株価初値